私が日本航空に勤めていた頃、企業ブランドというものを意識する場面が何度となくあった。自社CMをテレビや雑誌で見るからではない。社員の行動にブランドの効力というものを感じていたからだ。
私見だが、日本航空の乗務員は一定水準以上のサービスを提供することへの意識が高い。例えば、国際線の機内サービスが大幅に変更される時、乗務員は新サービスの流れや方法、使用するアイテム等について把握しなくてはならないのだが、これが結構大変なのである。マニュアルを自宅で読み、社内に用意された新サービスレクチャービデオをフライトの前後に見ながら各自勉強する。新サービススタート時に内容を把握していない乗務員などおらず、なんとか新サービスを軌道に乗せようと皆当たり前のように創意工夫を行っていくのだ。また、明日から乗務記録をつけるようにと言われれば、以前から行っていたかのように情報を書き込み、乗務前には早めに出社して乗務記録DBからその日担当する便の特徴(客層、航路、現地ケータリングサービス等の情報)をメモする乗務員が大半を占める。SFA(営業支援システム)を導入しても営業担当者の利用が進まず、利用度向上のためのインセンティブ検討が課題となる企業も多いのに、である。
では、なぜ意識が高いのか。そこに評価というインセンティブが働いているわけではない。長年勤める乗務員の中には、現職位以上の昇進を望めない人も数多くいる。また、会社のためという愛社精神が働いているわけでもない。同社は複数在る労働組合と会社側の対立が激しいという特徴を有しており、さらに、従業員の立場からすれば雇用条件が年々下がっていく中で会社に批判的な意見をもつ乗務員も決して少なくない。直前まで会社への不平不満を散々言っていたのに、ブリーフィングが始まった途端、お客様に喜んでいただくにはと真剣に語る乗務員の姿はよく目にする光景だった。あくまで全般的な話ではあるが、評価を気にせず、従業員満足度も高いとは言えないのに、よいサービスを提供することへの意識は高い。何がそのモチベーションの源泉となっているのだろうかと強く興味を抱いていた私はよく周囲に尋ねていた。そうすると次のような言葉がたいてい返ってくる。「会社に思うところはたくさんある。でも、お客様にはいいサービスをしたいから。だって私たちJAL CREWだし。」「私は評価なんてもう関係ない。でも、お客様にJALってこんなもんかとは思われたくないじゃない。」つまり、乗務員のインセンティブになっているのは評価でも愛社精神でもなく、JAL CREWであることへの誇りである。JALというブランドが従業員の中に根付いており、乗務員である自分たちはそのブランドイメージを背負っているのだという責任感のようなものを皆が持っていると私は感じていた。
しかし、残念ながらインナーブランドには負の効果もあり、また、同社のブランドは従業員のモチベーションを支えているにも関わらず求心力とは成り得ていなかった。その点については次回お話ししたい。 |