「商売をやっている人間なら誰でもコストを下げたいはずだ。」偽装問題で世間を騒がせた食肉メーカー社長のコメントだ。確かにコストが下がれば一時的に利益は上がる。しかし、私は、品質の高さで利益を維持し続けるお肉屋さんを知っている。
東京都杉並区、JRの駅から歩いて5分ほどのところにそのお肉屋さんはある。鶏肉を専門に扱っているのだが、そこの鶏肉は美味しいと評判で、遠方から買いに来る人も多い。価格はスーパーマーケットの倍以上するが、買いに来る人を観察していると、皆、平気で3、4千円分も購入していく。食肉の中でも特に価格の安い鶏肉を、である。実は、近くに私の実家があるのだが、クリスマスやお正月など鶏肉の需要が高まる時期には店頭に長蛇の列が出来ているのを見かける。そして、何よりすごいと思うのは、毎年夏になると、そのお肉屋さんは1ヶ月以上海外旅行に家族で出かけてしまうのだ。もちろんその間「誠に勝手ながら休業します」である。創業した時期を詳しく知らないが、よく店頭でお手伝いをしていたお子さんたちがもう大学生になるというから15年近くはそのスタイルを続けているのであろう。しかし、顧客が離れるようなことはない。
企業が採る代表的な競争戦略に低価格化戦略と差別化戦略がある。低価格化戦略は、低コストを追求することで価格や収益性で競合他社を圧倒し、シェアや収益性の維持向上を目指す戦略であるが、よほどの規模の経済やノウハウの蓄積によるコスト削減でなければ、他社に追従されやすい。特に中小企業にとっては体質を疲弊させる要因ともなりかねない。低コストに囚われるがあまり偽装に手を出してしまったのが冒頭の食肉メーカーである。一方、差別化戦略は価格以外の側面で他社とは異なる優位性を実現し、それによって市場シェアや収益性の維持向上を目指す戦略である。価格以外の優位性とは、提供する財やサービス自体の品質、デザイン、アフターサービスなどが挙げられるが、これも他社に追従されやすいものであれば差別化は維持できない。例えば、24時間営業を行うスーパーマーケットにとって、以前は営業時間が一つの差別化要素となっていたが、今や都心では珍しくない。
やや過ごしやすい今年の梅雨もそろそろ明け、本格的な夏がやってくる。そして、お肉屋さんのバケーションもやってくる。先日、そのお肉屋さんの店頭で「7月9日〜9月1日臨時休業」の札を見ていた母は、「2ヶ月近くもあの鶏肉が買えなくなるわ。」と前日、買い置きをするために出掛けて行った。ところが、お昼過ぎに行った母は甘かったようで、ショーケースにはほとんど商品が残っておらず、何も買えずに帰ってきたそうだ。皆、ちゃんとお肉屋さんの海外旅行期間を把握していて、前日の早い時間帯に買いに来ていたのである。確かな品質に優るものはないのかもしれない、私はその話を聞いて思わず唸ってしまった。
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